泥溜め 沈砂池ともいう

ごみ、水草除去

 毎年4月29日は午前中に水路の泥上げをして、午後は養蚕神社と水神際の春祭りを行う。養蚕が盛んな頃からの慣習である。また、水害がないようにとの願いも兼ねている。地元では用水路のことを堰(セギ)と言っている。○○セギなどと呼んでいる。私は、今年度自治会の会計係りになったので、お供物や祭りの直会の準備を関係役員と行った。午前の泥上げは、早朝水路の水を止め、何班かに分かれて行った。ここ何年かはバックホウで泥を浚ってもらっている。手作業に比べて随分楽になった。空き缶やごみも洗って分別した。これから、代掻き、田植えが始まるのでその前の水路点検を兼ねた水路清掃である。水路がきれいになってすっきりした。

 午前中に養蚕神社での祭礼の準備もして一旦解散。自宅で着替えて春祭りの準備に取り掛かった。神事の司会、直会の司会などをやった。当地では、宴会の中盤に中締めと称して、招待されたものが主催者に杯をあげる。そして小謡(謡曲の聞かせどころ)をオサカナと称して主催者に差し上げる。十分頂いたとの意味である(そろそろお暇の意味でもある)。主催者も来賓に対して、お返しの杯をあげる。ただし、頂いた礼をお返しするのは失礼であるとのことで、先ほどのお杯は頂いたままとして、改めて来賓にお杯を差し上げたい、と口上を述べて杯を差し上げて、小謡を披露する。この中締めがあって、来賓がお帰りになれば、用のあるものは退席できるとされている。そしてお開きとするときは、「おつもりの杯」と称して、会計係りに杯があげられる。これらの手順を当地では「杯ごと」又は「北信流」と呼んでいる。この北信流がないと、何時帰ってよいのか分からず、流れ解散となって締まりのないお開きとなる。一般的には簡略化して、一発締め、一本締めなどが多く使われる。近隣のかつての天領では、「御天領締め」という立派な締めがある。こうした「杯ごと」は堅苦しいということで、一本締め、万歳などに変わってきている。