昨年2回ほど金沢に行った。64歳にして転職。金沢行きは就活だった。新型コロナウィルス感染防止のため、4月1日入社式の金沢行きは取り止めとなった。前職は3月31日で退職。ちょっと中途半端な感じではある。

 「立つ鳥跡を濁さず」で円満退社した。転職に当たっては幾つかの問題点がある。
1 現在の会社に知られず、通常通りの勤務をこなし、いかに転職活動をするか。
2 転職活動を始める時期は何時がよいか。
3 転職先が決まってから、会社に退職を申し出る時期は何時がよいか。
4 退職理由はどうするか。
5 退職後に前職場に迷惑をかけないためにいかに準備するか。
6 退職後も前職との友好関係を保つためにはどうすればよいか。
など。

私の場合を1から順に記載しよう。

1 転職活動は、技術者専門の人材紹介会社を利用した。履歴書、業務経歴書、転職理由、転職先への希望などを提出した。転職者に費用は一切かからない。紹介された会社は十分吟味する必要がある。
2 転職活動を始めた時期は、前年の5月。当初の考えでは、12月の退職を計画した。当時勤務の会社は、退職の場合、最低90日前には申し出ることになっていた。よって9月中旬までには、転職先を決定しておきたかった。最大で4ヶ月以内で決めるつもりでいた。
3 人材紹介会社からは幾つかの紹介が来ていた。しかし私の希望に沿うものは少なかった。少人数過ぎる会社、専門外の会社、勤務内容が現状と変わらないと思われる会社。勤務体制が不透明な会社など。
今後は、非常勤として毎日の出社ではないので、転職先の選択範囲は、北陸新幹線に沿って東京から金沢までと広がった。計画通り9月上旬に転職先を決めることができた。面接1社目で決めた。決定理由は裁量権とやりがいだった。ただし、採用は4月1日ということになった。業務の関係から年度途中の退職は、継続業務を中断しての退職となりかねないので、3月末の退職、と気を取り直した。この半年間は長かった。退職を申し出る時期が早すぎると、会社での居心地が悪くなる。遅過ぎては会社に迷惑をかける。民法では2週間前に申し出ればよいとなっている、法律優先とはいえ、我々のような職種はそうもいくまい。結局5ヶ月前の10月末に口頭で申し出た(本気にされなかった)。文書での退職届は、12月23日で3ヶ月以上前である。「退職願」ではなく「退職届」である。当然受け取ってもらえなかった。

4 退職理由は、マイナス理由ではなく、年齢的なこと、家庭事情、地域の役員など、誰が聞いてもやむをえないと思われる状況とする。私の場合は、土木の設計である。いままでの実務から、管理、照査への職種替えを、年齢的なこと、健康面、地域の自治会長を受けたことなどを理由とした。元々65歳までの1年更新契約で管理技術者、照査技術者として入社していたが、実際は実務を行っていた。一人三役状態であった。退職が1年早まったことになる。会社としては、少なくとも70歳まで勤めて欲しかったらしい。出社は週1回でもいい、会社に来なくてもいい、など条件を出してきたが、次が決まっているのでそうもいかない。この時点では転職の話はしないほうがよい。単に「退職」でいく。「会社は週1日でよいから、名前だけでも・・・これだけの給料は他ではないよ。」そう言われると返す言葉に詰まった。結局3月末になって、退職の噂を聞いた友人から誘われ、友人の会社に転職が決まったと断った。
5 退職後に前職場に迷惑をかけないために、特に関係する人には、早めに退職を匂わせておく。65歳になったら出勤日数を減らしたい。こういう働き方に変えていきたいなど。受けた業務は責任を持ってこなし、後々問題が起こらないようにしておく。年度をまたぐ仕事は受けない。退職に当たっては、詳細な引継書を作成し、引継書で全てが分かるようにしておく。今までの業務を整理整頓しておく。
6 退職後も前職との友好関係を保つためにはどうするか。前職では、毎年新年会で、今年の抱負を社員一人ひとりが発表する。退職理由暗示する絶好のチャンスであるため、一身上の理由らしきことを婉曲に表現した。退職1か月前、うわさは広まっていた。この会社がいやで辞めるのではなく、諸般の事情から熟慮の上やむを得なく退職するに至ったことを、会議後の席上で全社員に簡単に伝えた。前職の会社では、このごろ顔を見ないと思ったら、いつの間にか辞めていたなどということがあったためだ。4月になって、転職先と正式に契約した後、前職に転職先を明記した挨拶状を出した。
又関係各社の方々にも転職の挨拶状を出した。会社と役員一同から餞別を頂いた。懇意の社員からは、今後も一緒に仕事を続けようと言っていただいた。