著者は理学部数学科卒業。数学の専門家であるから読み応えのある本。江戸時代は受験があったわけではない、しかし、殿様から子供まで数学を楽しんだらしい。子供から大人まで同じ空間で思い思いに学んでいた。習字をしている子供やそろばんの子供も。義務教育もない時代に、彼らは自ら通っていた。きっと、楽しかったからだろう。

 数学の難問が解けたとき、そのインスピレーションは神仏の力が働いたと感じたのかもしれない。それで算額として奉納されたのだろう。

 当時は算木と算盤を使っている。「算法少女」の表紙にあるものだ。算盤から紙と筆を使った筆算を発明したのが関孝和だった。葛飾北斎も神田の数学道場で学んでいたらしい。

 その他にも興味あることが書かれている。
・割り算の九九もあった
・関の加速法は欧米より200年早かった
・和算にはゼロと無限がなかった
・円周率の歴史
・江戸時代に円周率は52桁まで計算されていた
など。

無題 遺題としてこんなのがあった。


直径が百間の円形の屋敷を平行な二本の弦によって分割し、三人にその面積が二千九百坪、二千五百坪、二千五百坪に分けたい。このときの弦の長さと矢の長さは? 

これ、意外と難問だ!