公民館へ和算の話を聞きに行った。江戸時代の高水地方の算士と和算資料の話であった。日本の和算は江戸後期に大いに発達した。測量や天文学、暦学も和算の発展形である。和算には、江戸の関流(最も古い)、京都の宮城流(元禄年間)、山形の最上(サイジョウ)流(より高度)などがある。和算家は地方を遊歴し、神社の算額などを見て、各地の和算家と問答を行った。遊歴和算家という。武士の武者修行のようなものか。

平成16年に、木島平村で第1回全国和算研究会が開かれた。岳北地域には算額が多く残っている。筆塚ならぬ算塚なるものも各地にある。和算家の多くは名主級の人達であった。年貢の取立や検地の計算にも役立ったのだろう。高水地方でも、京都の宮城清行から篠ノ井の宮本九太夫に、江戸の藤田貞資から赤沼の小林松順他3名に、それぞれ伝えられている。一定レベルに達すると免許皆伝として巻物が贈られる。よって、これにより師弟関係がわかる。一人の学徒が複数の師匠につくこともあった。高名な師匠の元には多くの門弟が集まった。江戸まで学びに行ったこともあったようだ。そして次の弟子へと広められていった。和算についてはかねがね興味を持っていたので、書籍を取り寄せて読んでみたいと思った。