図書館の文学講座で『ごんぎつね』のお話があった。信州大学の先生を図書館にお招きして開催されている。私は過去に何回か出席させていただいている。昨年は「宮沢賢治の山猫たち」のお話であった。

 児童文学は、江戸、明治初期は耳で聞くことであった。明治の中ごろになって少年文学といえるものが出てきた。『こがね丸』は日本初の児童文学。大正になって童話『赤い鳥』が誕生した。戦争のない大正デモクラシーの時代である。戦争色のない子供の純性を保全開発する読み物であった。

新美南吉「ごんぎつね」の因果関係。物語の言説(仕組み)
起・・・いたずら
承・・・兵十の母の死
転・・・つぐない
結・・・悲劇

表現の細部・・・内的焦点化=ある対象の内面に潜り込み、その対象の視点で作品を体験する。その対象の内面まで表現する。
語り手は作者ではない、ごんの内面は語られるが兵十の内面は語られない。兵十や村人は外的焦点化されている。

何が語られているか・・・物語内容
どう語られているか・・・物語言説

 ごんはつぐないも報われず撃ち殺された。では、ごんは報われなかったのか、つぐないを受けられなかったのか。
この物語は、「これは、私が小さいときに、村の茂平さんというおじいさんから聞いたお話です。」で始まっている。
ごんぎつねとの事の次第を知っているのは、兵十だけである。兵十は語り継ぐことで、ごんへのつぐないをしている。
いたずらで嫌われていたであろうごんは、語り継がれることで皆に愛されるきつねになった。

 小説(文学)は心の中を書く。対象の中に入り込んで書く(語る)。最も重要なことをあえて語らない。